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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(オ)136号 判決

上告人 鈴木右平

被上告人 日本電信電話公社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨第一点について

財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律でこれを定め得るものであるが(憲法第二九条第二項)、わが国法が、「公衆電気通信事業の合理的且つ能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備及び拡充を促進し、並びに電気通信により国民の利便を確保することによつて、公共の福祉を増進する」ために日本電信電話公社(以下公社という。)を設立し(公社法第一条参照)て、独占的に公衆電気通信事業を営ませることとし、「公社が迅速且つ確実な公衆電気通信役務を合理的な料金であまねく、且つ、公平に提供することを図ることによつて、公共の福祉を増進する」ために公衆電気通信法及びその附属法令を制定し(同法第一条、第三条参照)て、電話の利用関係を規律しているところからみると、わが国法は、公共の福祉の見地から、電話利用関係の内容をすべて右法令の定めるところに従い一定するとともに、加入者は、法令の知、不知にかかわらず、法令の定める一定の内容の、加入権のみを享有し得ることとしたものと解すべきである。換言すれば、電話加入権の内容は、わが国法上、公共の福祉のために、右の限度において、一般財産権と異なる取扱を受けることとなつたものと解すべきである。従つて、もし、公衆電気通信法が公社の一方的意思表示により定額料金制を度数料金制に変更することを認める趣旨であるならば同法の施行により、その契約上の地位は、公社の一方的変更に服さざるを得ないものとなつたものと解すべきであるから、公社の一方的変更をもつて、法の根拠に基かない行政権による財産権の一方的侵害といい得ないのはもとより、これをもつて、契約違反といい得ないことも当然である。

そこで、公衆電気通信法が定額料金制を度数料金制に一方的に変更することを認める趣旨であるかどうかについて考えてみるに、同法中には、これを許す趣旨の直接の明文はないが、同法第六八条が五級局及び六級局の電話料金につき定額制による場合と度数制による場合と両様の料金制を掲げているのは、五級局と六級局との加入電話については、定額料金制を度数料金制に変更することを公社の裁量に任すことを前提とするものと解すべきことは、以下に述べるとおりである。けだし、電話の料金制度としては、度数料金制の方が加入者の負担が提供された役務に応じて公平であること、無駄な通話が抑制されるので交換能率が向上し、従つて良好な役務が提供できること、その結果経費が節約されて低廉な料金による役務の提供が可能となり電話の普及が助長されることの諸点において、公社法第一条及び公衆電気通信法第一条の目的を達成する上から、いつそう合理的な制度であることは明らかであつて、同法第六八条が七級局以下につき定額料金制のみを採用しているのも、この制度が一般加入者のために有利且つ合理的であるとの見地から出たものではなく、むしろ、加入者の少ない電話局については、定額料金制をとることが公社の経営採算上やむを得ないとの見地から出たものと解すべきである。また、公衆電気通信法は、加入者数に応じて電話取扱局の等級を区分し(第四四条)、四級局以上については、すべて度数料金制を採用すべきことを定めている(六八条別表第二)ところから、五級局または六級局の加入者の実数が四級局以上の加入者法定数に達したときは、法律上当然に、度数料金制に切り替えざるを得ないこととなるわけであるが、この場合と比較して、加入者数が四級局以上の加入者法定数に達しない場合の公社の一方的意思表示による度数料金制への切替が、加入者にいつそう不利益を与えるものとは認められない。さらに、定額制を度数制に切り替えるべきかどうかは、これによる料金収入の増減見込と新設備のために要する経費との見合により決定さるべきものであるが、この点の判断は、電話事業の経営面及び技術面について専門的知識を有するものでなければ適当にこれをなし得るものではない。しかも、度数制への切替によつて電話加入権の財産的価値がとくに減少することについては、本件において何等主張されていない。以上の諸点を総合して考えれば、公衆電気通信法は、五級局及び六級局については、定額料金制を度数料金制に一方的に切り替えることを公社の裁量に任す趣旨を含むものであつて、同法第六八条は、これを前提とするものと解さざるを得ない。そして、電信電話営業規則第二九四条第二項は、電話取扱局の加入者数の変動により、法律上当然に料金制を変更せざるを得ないこととなる場合にとどまらず、公社が公衆電気通信法第六八条を根拠として、その裁量により定額料金制を度数料金制に変更する場合をも予想し、これらの場合の手続を定めた規定と解すべきである。

所論違憲の主張は、公衆電気通信法が度数料金制への一方的切替を公社の裁量に任す趣旨を含まないことを前提として、本件一方的変更をもつて、法の根拠に基かない行政権による財産権の侵害であるとするものであつて、原判決中措辞適切を欠き、所論のような誤解を生ずるおそれのある部骨がないではないが、原判決の引用する第一審判決と総合して原判決を解すれば、その趣旨は、公衆電気通信法第六八条が一方的変更の根拠法となるべきことを前提として、本件一方的変更をもつて、同法の範囲内において公社が制定した電話営業規則に従つてなされた適法、有効な行為であるとするにあるものと解すべきであるから、所論違憲の主張は、原判示に添わないものであるのみらず、その前提を欠くものとして、採用し得ない。

論旨第二点について。

(イ)  一乃至四の論旨について。

原判決の趣旨は、法律により定められた電話料金を法律の根拠なくして公社の規則により一方的に変更し得るとするものではなく、かえつて、公衆電気通信法が五級局および六級局につき定額料金制を度数料金制に変更することを公社の裁量に任すべき趣旨を含むことを前提として、同法の範囲内において制定された電信電話営業規則に従つてなされた本件の一方的変更をもつて適法、有効と解すべきであるとするにあるものと解すべきことは前述のとおりであつて、すでに、法律自体が度数料金制への切替を公社の裁量に任すべき趣旨を含むものである以上、この切替の結果、加入者が具体的に支払うべき料金の総額が従前より増加したとしても、これをもつて、公衆電気通信法第六八条、財政法第三条違反を云為すべきでないことはいうまでもないところである。所論は採用し得ない。

(ロ)  五の論旨について。

料金制の切替が公社の裁量に任されているものと解すべき以上、仮に、度数制を採用することが六箇月の経過後において料金の増収をもたらすことが通例であるとしても、それだけで、本件の措置に裁量権の濫用があるといい得るものではなく、原判決がこの点につき判断しなかつたとしても、これをもつて審理不尽の違法があるということはできない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷勝重 藤田八郎 河村大介 奥野健一)

上告理由

第一点 原判決には憲法の解釈を誤つた違法がある。

一、 「法律による行政」の原理と田民の財産不可侵権。

憲法第四十一条は「国会は国権の最高機関であつて国の唯一の立法機関である」と明記し、行政権による立法を原則として之を否定した。

右条項は社会公共の福祉を理由とする権利の制限も必ず「国会による立法」、即ち法律によらねばならぬことを明示したものと解する。

又憲法第二十九条は「財産権は之を侵してはならない。財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で之を定める」と規定している。

右の条項は何れの近代国家の憲法も等しく採つている「財産不可侵権」の原理を明示したものであり、然も右原理の確立するに至るまでには「先進国民の幾十万かの血の犠牲が払われたものである。」ことを先づ明記すべきである。

以上の如く憲法の右二つの条項は国民の財産権は法律(委任立法を含む)によるに非らざれば之を制限しない、即ち行政権を以つてしては絶対に之を侵犯しない、旨の保障を規定したものと解すべきである。

然る限り行政権の一作用と見られる営造物の管理作用の限界も右憲法の条項に従わねばならぬと解する。

二、然るに原審判決は営造物の管理権の限界について

「元来企業の管理者は企業目的に必要な限度で企業管理権の当然の作用として、利用者を拘束すべき規則即ち営造物規則を定めることができるのを原則とし、必ずしも法律の根拠あることを要しないのである。」

(第二審判決書理由八行-十二行)

と判示しているが右の如き所論は明治憲法の時代でも許容されぬ見解と解す。殊に新憲法下右述ぶる二つの条項あるにおいておやと解す。

尚右判示の「利用者を拘束すべき規則」とは一体如何なる範囲と内容を持つか判然せぬが文言通りと解すれば之明かに右憲法の条項に相反した解釈と謂わねばならぬ。

この点に於て原審が破棄を免れぬと解する。

第二点 原判決には法令違背の違法がある。

一、旧電信法(明治三三、法律五九号)第十七条と電話料金。

旧電信法第十七条には「電信又ハ電話ニ関スル料金及電信叉ハ電話ノ取扱ニ必要ナル制限ハ命令ノ定ムル所ニ依ル」と規定しあり、従つて各法律の施行中、即ち昭和二十三年法律第百五号の電信電話料金法の制定に至るまでの約五十年の間は例の「電話規則」と名のつく逓信省令で以つて一方的に電話料金の改廃変更をしてきたものであつた。

二、旧電信法時代の電話使月権。

故美濃部博士は日本行政法下巻(昭一五、四、一五発行)、に於て電話使用権について左の如く述べている(同巻六二八頁以下)。即ち、

「・・・・利用関係が当事者間の契約に依つて成立する場合でも、其の契約は一定の内容の利益を提供し及びこれを受くることの契約ではなくして、法律及営造物規則の定むる所に依つて利益を提供し及之を受くることの契約に外ならぬ。

随つて又利用関係の継続中に法律又は規則の改政があり、其の享受し得べき利益の内容が変更せられたとしてもそれは契約違反と見るべきでない。

例えば電話加入者は其の加入当時の現在の電話規則に依つて電話を利用する権利を取得するのではなく電話規則が将来改正せらるることあるべきこと、其の改正の場合には電話利用の条件も変更せられ得べきことは、其の加入契約に於て当然予想せられている所と認むべきもので電話官庁の一方的意思に依つて電話規則の改正があり其の利用の条件が変更せられたとしても、それは電話加入者の権利を毀損するものではない。要するに営造物利用権は一定不動の内容の利益を受くる権利ではなくして法律又は規則の定めに依り変更せられ得べき内容の利益を受くる権利である。」

と述べている。当時電話の料金は逓信省が電信法の委任に基いて一方的に之を変更出来た時代であるから電話加入者は料金変更に文句は言い得ないとする著者の論説は寔に正当である。(同書六三六頁)

又同博士は営造物規則について次の如くに述べている。

「営造物規則は性質上法規ではなく行政規則の一種に外ならぬのであるから法規、命令の形式を以つて正式に公布することを要するものではなく、適宜の形式を以つて定め適当の方法に依り其の効力を受くべき者に周知せしむる為め告示するを以つて足れりとする。」

と述べている如く、営造物規則は直接に人民の権利、義務を規制する規範性を持つものでない旨を明かにしている。

従つて又其の制定変更も営造物管理者が自由に之を為し得ると説明しているが、もとより当然のものと考えられる。

三、公衆電気通信法と被上告人の法規制定権並に財政法第三条との関係。

(一) 公衆電気通信法第六十八条は次の如く規定している。

(1)  公衆電気通信役務の料金であつて別表の上欄に掲げるものの額はそれぞれ同表の下欄に掲げる額とする。

(2)  前項に規定するもの以外の公衆電気通信役務の料金の額は公社又は会社が郵政大臣の認可を受けて定める。但し試行的な公衆電気通信役務の料金については認可を受くることを要しない。

右条の立法趣旨はおそらく第一項で料金法定主義の原則を明示し又第二項で右に洩れる分は政府の監督の下に定められ、被上告人の勝手に料金の設定変更されない旨を宣示したものと解する。

(二) 財政第法第三条は次の如く規定している。

「租税を除く外、国が国権に基いて収納する課徴金及び法律上又は事実上国の独占に属する事業における専売価格若しくは事業料金についてはすべて法律又は国会の議決に基いて定めなければならない。」

右の条項は従来専売品に属する煙草の価格や事業上国の独占に属する鉄道の料金等が国民の知らない間に政府の一方的決定できめられたため人民の迷惑が甚だしかつた。そのようなことをなくするため設けられた規定であり、其の趣旨とする処は政府又は公社等の独占事業の料金は凡て法律で定めるか国会の議決を要する旨を規定したものであり右の中に電話料金の設定変更を含むものである。

(三) 被上告人の定めた電話規則の性質。

各規則は美濃部博士も指摘したように法規、命令の性質を持つものでなく、従つて加入者の電話料金を変更する拘束力を持つものでないこと明かである。右は単なる事務取扱規程であるに過ぎない。

四、以上述ぶる如く公衆電気通信法第六十八条及財政法第三条が現存し各規定の変更がない限り又国会の承認ない限り加入者の従来の電話料金を被上告人が勝手に一方的に之を変更することは許されぬと解すべきである。若し之を為したとせば強行法規違反で無効のものと解すべきである。

然るに原判決は行政規則である電話規則に財政法第三条を排斥する効力を認め且「特段の規定がない限り営造物規則が改正変更せられた揚合・・・従来の利用者も之に服従すべきであり」(第二審理由十三行目)と述べている。

其の営造物規則の本質を誤つて、即ち旧電信法第十七条下における「電話規則」と公衆電気通信法第六十八条並に財政法第三条のもとにある「電話規則」(公社の事務取扱親則)とを同列、同質に解釈した処に重大な誤認があつたと解すべきである。

五、尚原審は被上告人が公衆電気通信法の改正なくして為し得ない本件料金変更を敢えて為した、其の理由は合理の美名に隠れて増収を図る意図からであること明かである。然るに原審は其の術策に馬乗りして「一ケ月約百万円の減収・・・」、(第二審理由後より十二行目)と判示しているが、度数制にすると六ケ月は減収するが其の後は追増すること世界各国の通例であり、現に山形局は定額制より二割以上の増収、やがて倍増が見込まれる。然かも法律と契約を踏みにじつて被上告人は、「モウケ」ている事実を判断されぬ処に原審の審理不尽の違法が附加される。

以上述ぶる如く、原審には憲法の解釈を誤り、且法令違背を犯した外審理不尽の点もあり破棄を免れぬものと信ずる。

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